まさか、家を出ようとしているなんて、思ってもみなかった。
そして親友である筈のこの俺に、今まで何も言ってくれなかった事が只、悔しくて仕方なかった。
「なんで家出る必要があんだよ。どっか遠くへ行くつもりなのか?」
絞り出すように言った言葉に目を閉じた孝亮は、少しの間を置いてガリガリと頭をかいた。そうしてゆっくりと瞼を上げると、フイッと俺を見た。
「行くぜ。俺はレーサーになるんだ。イギリスでレーサーやってる叔父がいる。そいつんとこに行く事になってる」
「イギリス…!」
驚く俺から視線を外した孝亮は、ペッとタバコを吐き捨てた。
「二年だ!」
「えっ?」
ズイッと俺の目の前に、指を二本突き出す。
「二年でおっさんに俺を認めさせてみせる。そしたら、お前もイギリスへ来い!」
「はあ?」
再びニンマリと笑った孝亮は、眉を寄せる俺の胸に、コツンと拳こぶしをあてた。
「お前はこれから高校卒業するまでの二年間、死にもの狂いでバイクの勉強するんだ」
「なんで?」
「この天才レーサーのバイクを整備すんのは、お前だ」
親指で自分を指差した孝亮は、勢いよく立ち上がった。