「…あっ!」
十字路の左折。短く上げた、孝亮の声。
「馬鹿! クソガキッ」
耳に届いた舌打ちの音。後輪が、大きくブレた。
「僚紘!」
ガクンと体が下がる。ドンッと、孝亮の手が俺の胸を押した。
ゆっくり後ろへ流される。伸ばした手は、届かない。
微かに振り向いた、左顎のキズ。
影になって、顔が見えない。
……一瞬。
一瞬が、俺と孝亮を引き裂いた。
ザザザザザザザザッ……。
バイクが、横倒しに転がる。
左腕に、鋭い衝撃が走る。滑った体を、ガードレールが受け止めた。
うっすらと開けた目に映る、こちらに這ってこようとする孝亮の姿。
「なに……孝亮。お前…血まみれ…じゃ…ん……」
重い瞼を閉じ、闇に吸い込まれる。
最期まで、見届けるべきだったのに。
孝亮の後ろにいる存在。俺は、気付けなかったのだ。
闇が……薄く、笑う。
路(みち)は途絶え、宿運(しゅくうん)の門が、開き始める。