どこからか、呻くような声が聞こえ始める。無理やりに開けた目に映ったのは、地面から這い出そうとする、人では無くなってしまった憎悪の塊だった。もう形さえもはっきりしない黒い影となった者達が、男へと群がっていく。
ピリピリとした憎しみの感情だけが、肌を刺す。
「やはりな。魔物と化した者達に取り込まれていたか。だから、鏑木の記憶を消すなんて芸当が出来たんだ」
コキコキと首を左右に振って首を鳴らした征志が、ウンザリと俺を見る。
「……ダルイな。消滅(け)しちまうか?」
「取り込まれて、だと? バカ…やろぉッ!」
叫んで、俺は男に向かって駆け出した。男を取り巻く、狂って吹き荒れる風の中に足を踏み入れる。
「やめろ! 鏑木!」
征志の声が聞こえたが、躊躇(ためら)う事なく突き進んだ。
「お前ッ! 解ってんのか? そいつらと一体化してしまったら、もう人では無くなってしまうんだぞ!」
俺の叫び声に男が顔を上げ、そして、笑った……。
「鏑木! お前も巻き込まれるぞ!」
もうその姿すらも見えない征志が叫ぶ。風に含まれる、いったい何人のものなのかも判らない憎しみに晒された皮膚が、ズキズキと疼きだしていた。
「あきらめろ。そいつごと祓うぞ!」