「征志、駄目だ! 待て!」
必死に、男に向かって腕を伸ばす。
「……オン。アボキャ・ベイロシャノゥ・マカボダラ・マニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン!」
俺の声が聞こえているはずなのに、征志が呪言を止める気配はない。
「くそっ! 頑固者めっ」
「付くも不肖(ふしょう)、付かるるも不肖、一時(いっとき)の夢ぞかし。生(せい)は難の池、水つもりて淵となる」
呪が進むにつれ、周りの悪霊と共に男が苦しみだす。
「おいッ 俺を見ろ。俺の声だけを聞くんだ!」
なんとか男の腕を引っ張り、頭を胸へとかかえ込んだ。
「鬼神に横道(おうどう)なし。人間(ひと)に疑いなし」
「いいか! お前は人間なんだ! それを一瞬でも忘れるんじゃねぇぞ!」
この呪は確か、人間に憑いた魔や鬼を祓う呪言のはずだ。ならば、自分が人間だと認識できていれば、巻き込まれずに済むはず……。
「絶対、守ってみせる」
俺の言葉に、微かに男が頷いた。
「教化に付かざるに依(よ)りて時を切ってすゆるなり。下(しも)のふたへも推(お)してする、急々如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)!」
征志の声が響いて、荒れ狂っていた風と共に、憎悪の念が消えていく。